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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)55号 判決 1963年9月11日

判   決

東京都足立区伊藤谷本町八八三番地

原告

金井吉春

右訴訟代理人弁護士

飯塚芳夫

東京都新宿区柏木四丁目六六五番地

被告

大庭守勝

同所同番地

被告

大庭まさ

右両名訴訟代理人弁護士

田代長

右当事者間の昭和三八年(ワ)第五五号損害賠償請求事件について当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

1  被告らは、各自原告に対し金四八八、二九八円およびこれに対する昭和三八年一月二五日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告、その余を被告らの平等負担とする。

4  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1被告らは、各自原告に対し金四九三、九六八円およびこれに対する昭和三八年一月二五日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、昭和三七年二月二三日午前八時六分頃東京都足立区千住宮元町三六番地先都電区役所前停留所付近において、原告と被告大庭守勝の運転する普通乗用自動車(第五み七五四四号。以下「被告車」という。)とが接触し、よつて原告は、加療約八ケ月(内入院一〇六日)を要する右側下顎骨々折、右側観骨々折強打撲傷、前頭部血腫、擦過強打撲傷、右肩胛部強打撲傷、脳震盪左肩胛部打撲傷の傷害を受けた。

二、(以下省略)

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二、(証拠―省略)を綜合すれば、事故の現場は、千住大橋方面から千住新橋方面へ南北に通ずる幅員一五米の道路上で、同道路の横断歩道と都電区役所前停留所の安全地帯の北端が接着する地点であつて、事故当時は、その付近に火災があつたため、同停留所先の交差点の信号機は、黄色の点滅信号を示していたから、事故の現場を自動車で通過する者は、当然徐行して歩行者の有無を確認しなければならない状況にあつたこと、しかるに被告守勝は、被告車の後部座席に被告まさを同乗せしめ、時速約四〇粁の速度で南方から北方へ向つて前記道路の都電軌道敷内に進行したこと、しかして前記安全地帯の北端に原告が佇立しているのを約二〇米手前で目撃し、かつそのすぐ前方の交差点の信号機が黄色の点滅信号を示していたのを認識したにもかかわらず、警音器を吹鳴するなど歩行者の注意を喚起する措置をとることなく、僅かに速度を時速約三〇粁に減速したのみで、安全地帯のすぐ右側方をすれすれに都電軌道敷上を進行したこと、そのため安全地帯から横断歩道上に降りようとした原告に被告車の左前部フヱンダーとアンテナを接触せしめたことが認められ、右認定に反する被告大庭守勝本人尋問の結果の一部は、措信できない。

およそ自動車の運転者は、一般に車道を進行し、やむをえない場合を除き、都電の軌道敷内を通行してはならないことは、いうまでもないが、さらに本件のように事故現場の交差点の信号機が黄色の点滅信号を示していて、そのすぐ手前の横断歩道の中央に接着した安全地帯の端に横断せんとする歩行者の姿を認めたときは、自動車を軌道敷内から車道内に出して進行するなり、或は、徐行しつつ、警笛を吹鳴して、歩行者に注意を喚起するなど適切な措置をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるところ、被告守勝は、右注意義務を怠り、漫然速度を時速約四〇粁から三〇粁に減速するのみで、原告の佇立していた安全地帯のすぐ右側方都電軌道敷内を原告にすれすれに進行したため、被告車の左前部フヱンダーとアンテナを原告に接触せしめ、もつて本件事故を惹起したのであるから、本件事故の発生は、もつぱら被告守勝の過失に基因するものというべきである。

三1  被告守勝は、前項認定事実から明らかなごとく、直接の不法行為であるから、民法の規定により原告に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告大庭まさが、被告車の所有者であつて、本件事故は、被告守勝が被告まさのため被告車を運転していた時に生じたことは、当事者間に争いがないから、被告まさは、自動車損害賠償保償法第三条本文の規定により、原告に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

四、そこで進んで、原告の受けた損害について判断する。

1  (証拠―省略)によれば、原告は、本件事故によつて受けた傷害につき都立大久保病院、内田外科病院、井口整形外科病院等において治療を受け、治療費金六四、七四八円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。なお、右のほか原告の支出した下顎右側第二大臼歯の抜歯に関する治療費金二、〇〇〇円が、本件事故に基づく損害と認められないことは、証人(省略)の各証言によつて明らかである。

2  (証拠―省略)によれば、原告が付添看護費金五、〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。

3  (証拠―省略)によれば、原告は、病院の入、退院のタクシー代として金三、八一〇円、病院の見舞客に対する食事代およびお茶菓子代として金五、一九〇円、入院中の氷、木炭、石油代として金七五〇円、以上合計金九、七五〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。

4  (証拠―省略)によれば、原告は、本件事故当時加藤運輸こと加藤道夫方に勤務し、本俸として一ケ月金一五、〇〇〇円を受領するほか、諸手当金として金一八、〇〇〇円の支給を受け、一ケ月合計金三三、〇〇〇円の収入を得ていたこと、ところが本件事故によつて事故当日の昭和三七年二月二三日から同年一二月三一日までの間稼動することができず、その間の給与を得られなかつたことが認められ、反対の証拠はない。してみると、原告の主張するごとく、少くとも同年三月一日以降同年一二月三一日までの一〇ケ月間に合計金三三〇、〇〇〇円の得べかりし収入を喪失したことになるが、原告はその間の食費等金二一、二〇〇円の支出を免れたとして、これを右合計額から控除しているから、結局原告は、金三〇八、八〇〇円の損害を蒙つたものと認められる。

5  (証拠―省略)によれば、原告は昭和七年三月二七日出生し、新潟県下の沖見高等小学校高等科二年を卒業し、昭和三一年八月に上京し、加藤道夫方に自動車の運転助手として勤務したが、翌年自動三輪車と普通四輪車と自動車の運転免許をとつて以来、自動車運転手として働き、また昭和三六年三月二六日妻のトミヱと結婚し、翌年四月七日その間に一子をもうけたこと、しかるに子供の生まれる約一ケ月半前の昭和三七年二月三日原告は、本件事故によつて請求原因第一項記載のような傷害を受け、足立病院、内田外科病院、都立大久保病院、井口整形外科病院等を転々して、入院期間一〇六日を数え、その間右肩胛鎖骨関節脱臼観血手術、鋼線除去手術等を受けたが、いまだに入梅頃になると頭部に痛みを覚え、勤務も休みがちになること、ところで、被告らは、本件事故後直ちに原告を足立病院に入院せしめてその費用を負担するほか、病床に原告を見舞い、かたわら原告と示談の交渉に入つたが、結局金額の点で折合いがつかず、そのままの状態で今日に至つていることが認められ、反対の証拠はない。右認定事実に徴すれば、本件事故によつて受けた原告の精神的苦痛を金銭をもつて慰藉するとすれば、金二〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

五、そこで、原告は、前項1乃至5の合計金五八八、二九八円の損害賠償債権を取得したところ、原告がすでに自動車損害賠償責任保険金一〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないから、これを控除した残金四八八、二九八円が、原告の本件事故によつて受けた損害である。なお、被告らは、原告が社会保険金五九、三二二円を受領しているから、これを控除すべき旨主張するけれども、社会保険金は、保険契約者(被保険者)が、保険料を支払い、一定の事由(保険事故)の発生を原因として支給される保険料の対価たる性質を有するものであるから、不法行為による損害てん補たる性質を有するものではなく、従つて、被告らの主張は、採用の限りでない。

よつて、原告が被告に対し右金四八八、二九八円およびこれに対する履行期後であつて、本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三八年一月二五日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求部分を正当として認容し、その余の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を各適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 吉 野   衛

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